「じゃぽにじぇんぬ」はどうやってつくるか
こんにちは.しょあんぬです.
じゃぽにじぇんぬは,パリジェンヌの良いところ(名残)を取り入れつつも,日本女性オリジナルのかっこよさ,お洒落を加えた,パリジェンヌとも,これまでの日本女性とも全く異なる,新しいスタイルにしていきたいと考えています.
パリジェンヌの良いところはたくさん見つかるので今後取捨選択していくとして,日本女性オリジナルのかっこよさ,お洒落について考えてみたいと思います.
ところで,私は次のような謳い文句になぜだか違和感があります.あくまでも私個人の感覚なのかもしれませんが.
「美しい日本を取り戻す」「日本の誇り」
なぜ違和感があるかというと,なんだか,無理矢理かっこつけているようなイメージがあるのです.政治家の方がこういう表現をすることが多いためか,ちょっと仰々しいというか,確かに国に誇りを持つことは良いことなのかもしれないですけれど,それを日常生活で考えるのは少し不自然な気がするのです.「日本に誇りを持とう」と言われると,あまのじゃくな私は,誇りを持つのが逆にかっこ悪いように感じてしまいます.もっとライトな表現がないものでしょうか.もっと肩の力を抜いた,「なんか日本っていいよね」くらいのスタンスがほしい.もしくは,わざわざ「日本の誇り」と表現しなくてもいいような,かっこいい存在をつくりたい.それを,「じゃぽにじぇんぬ」にしたいというのも考えています.
あと,「取り戻す」という言葉にも違和感があります.それは,私たちがすでに何か大事なものを失っているということ,昔の良き日本を大事にしようということを言いたいのでしょうが,取り戻すだけで良いのでしょうか.あるいは,これからも古き良き日本のままでいいのでしょうか.
取り戻すというよりも,時代に応じて進化すると考えたほうが,前向きな表現なのではないかと思います.ダーウィンの進化論では,強い者ではなく,適応できた者が生き残るといいます.取り戻すことに躍起になっていては,世界の変化で適応できなくなりそうです.例えば日本の何かしらの良さが失われたとしても,別の良さが時代の変化に応じて生まれてくる,良さを新たに作り出すことも可能だと思うのです.
こんなことを言っていますが,私は日本の伝統文化が好きです.そのうち話しますが,風呂敷は本当に大好きです.でも,風呂敷を使うことを,「美しい日本を取り戻す」ことだとは思っていません.風呂敷の文化を取り戻すのではなく,新たにつくっちゃえばいいじゃないですか,と思っています.なんだか屁理屈みたいになってしまいましたが(笑),「取り戻す」という表現に後ろ向きな印象を受けるので,それを変えたいのです.「じゃぽにじぇんぬ」がその一助になればと思います.
そういうわけで,「じゃぽにじぇんぬ」は「美しい日本を取り戻す」ような生活スタイルではなく,「日本の誇り」となるようなものにもしません.なんかお洒落でかっこいい,そして,時代によって変化する柔軟な日本女性の生活スタイルにしたいです.